死にたいほど苦しいなら、逃げ出すのも1つの生き方

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学びたいことがあるから大学にいく。
やりたいことを見つけるために大学にいく。
親や先生がすすめるから大学にいく。
みんなが行くから大学にいく。
それぞれが、それぞれの理由で大学を目指す。どのような理由で進学を希望しようと、その人の自由。
しかし、世の中には、その勉強に押しつぶされて、生きていけなくなる人々がいる。
 
 
「受験うつ」という言葉がある。これは受験期に発症したうつ病の通称。それが重症化し、自殺にまで追い込まれる未成年が後を絶たない。

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引用元)受験うつ予防ナビ http://utu-yobo.com/jyuken/depression.html
 
 
親の言うこと、学校の先生の言うことがすべて。周りの人はみんな受験勉強にはりきっている。世の中の大多数がやっていることに自分もついていかなくてはいけない。
だから勉強する。大学を目指す。そして苦しくなっても、周囲の期待に応えなくてはと、誰にも弱音を吐けなくなる。
 
 
死にたいほど苦しいなら、いっそ勉強なんてやめてしまえばいい。私はそう思う。
 
私は彼らの気持ちに共感を覚える。
私の最終学歴は短大卒。四大の受験が辛くて、そこから偏差値の低い短大へ逃げた。
私はずっと人生の落後者だと思っていた。生まれてきたことへの後悔、産んだ親への憎しみ。生きる価値なんて自分にはない。もう人生を終わりにしたいと何度も思った。
それでも、私は今も生きている。それは、その後の人生で、楽(らく)なこと、楽しいことだけを選択してきたからだ。
 
受験で未来が決まる、就活で人生の優劣が決まる、ずっとそう思っていた。そんなのはインチキだ。
私は今、パートで生活をしている。それで自分が人よりも優れている、劣っているとはまったく思わない。先の人生がどうなるかは分からない。しかし、楽しそうなこと、ワクワクすることを、これからも選んでいくつもりだ。そう考えていると、生きていること自体が楽しくなってくる。これが私の生き方だ。
 

苦痛に耐えてこそ充実感があるのは事実だ。しかし、苦痛から逃げても、人生は人生。楽な方へ楽な方へ逃げたって構わない。
若いうち、視野が狭いうちは、自分には他の選択肢はない、この道から外れれば生きていけなくなると思ってしまう。それは間違いだ。生きていくための道は他にいくらでもある。
それが自分にとっての逃げ道であっても、唯一無二の生き方なのだ。